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こんにちは。

カウンセラーの中越です。



仏教の修行の中に、

「なんだ、それは…?」、

と思うものがあります。



でも、この修行法、

よく考えるとやはり深く、

生きる力になるのです。



僕自身、この考え方に、

何度も支えられました。



そしてこの修行の考えは、

好きを仕事にするためにも、

大きなヒントになります。



この修行の考え一つで、

やる気が支えられるはず。



さて、仏教の、

かなり変わった修行とは、

どんなものだと思いますか?



※今回、ちょっと暗い話です。
でも、最後に光があります。

それから決して、
なんて話ではありません。

むしろ、その逆です!!

それを理解できる人だけ、
読んでください。




死ほど平等なものはない





仏教の修行の中で、

かなり不思議な修行が。



それは、

「ただ延々とずっと、

 死体を見続ける修行」。



僕はこの修行の話が、

とても気に入ってます。



本当に文字通りで、

死体をずっと見るのです。



もちろん、

死体は腐ります。


虫もわいて腐臭がし、

原形を留めなくなります。


そして骨だけ残り、

白骨化してしまう。



その骨だって、

いつかは土に帰っていく。



それをずっと、

見続ける修行です。



「なんなの?その修行?」

って思うかもしれません。



でも、この修行には、

「執着を捨てる」という、

ちゃんと意味があるのです。



どんな美人もイケメンも、

顔の皮一枚めくれば、

もうみんな一緒。



金持ちも貧乏人も、

死んでしまえばみんな一緒。



頭のいい人も悪い人も、

死んでしまえばみんな一緒。



地位のある人もない人も、

死んでしまえばみんな一緒。



華やかで羨ましい人生も、

惨めな人生も悲しい人生も、

死んでしまえばみんな一緒。




この世の中で、

「かならず死ぬこと」ほど、

平等なものはありません。



ある意味では、

「人生の成果なんて、

 死んだら全部チャラ」。

そう言えると思います。



こんなにホッとする話、

他にないと思います。




僕たちはみんな、

長い人生を生きる間、

いろんなものに執着します。



お金も欲しい、地位も欲しい。

みんなから立派と思われたい。


ひとりぼっちは寂しい。

でも、人といると辛い。



自分の外見が気になる。

自分の経歴、家族構成、能力、

周りはどう思ってんだろう…



惨めでみっともないのは、

やっぱり嫌なんだよ。


ほんの少しでいいから、

人よりマシな人生がいい。



何より、同情でも、

人から下に見られるのは、

脳の芯から拒絶が出る。



でも、そんなものは、


「死んでしまえば、

 なんの意味もない」


その一言です。



生きている間の成果や、

生きてる間の苦悩なんて、

死の前では夢幻そのもの。



その夢幻に、

僕たちは振り回されて、

生きているのです。




僕たちはよく、

お葬式の帰り道など、


「棺桶に持っては入れるのは、

 結局なにひとつないんだね」


なんていいます。




そのくせ僕たちは、

普段、そのことを忘れて、

いろんな執着に苦しみます。



「ほんの1ミリで良いから、

 人よりマシな人生でいたい」


「ほんの1ミリであっても、

 友人よりも惨めな生活は、

 内蔵かきむしられる気分」



だから、

お金、外見、家族構成、

友達が多いかどうか。



「ちゃんと人よりも、

 人生を楽しめてるか?」


それを気にして苦しみます。



そういう苦しみことが、

「執着」なのです。




生きていればどんな人でも、

この「執着」があります。



ある意味、執着するとは、

生命力でもあります。



だから、みんな、

生きることが苦しいです。



「こんなことならいっそ、

 死んだ方がマシなのでは」

そんな気持ちになります。



カウンセラーの僕でも、

そう思うことがあります。



僕は一応、

カウンセラーなので、

こんなこと書きたくないけど。




そこまで行かなくても、


「あ~あ、

 もう仕事も家庭も夢も、

 全部捨てて逃げようか…。



 誰も知り合いのいない、

 沖縄の離島でも行って、

 一人で生きて死のうか」



必ず年に何度かは

そう頭をよぎります。



どうもこれは僕だけでなく、

ほとんどみんな同じみたい。



つまり、

死にはしないけども、

社会的には死んでしまおう。



そういう気分には、

みんななっちゃうのです。




いや、

なんだか書いていて、

言葉が甘いです。



僕は今、

書くことから、

逃げようとした。



カウンセラーたるもの、

幸せでなければならない。

幸せに見られたい。



そんな気持ちから、

本音を書くことを逃げた。




もっともっと、

はっきり正直に書くと、


「もうめんどくさいや。

 つかれちゃったよ。


 これがずっと続くなら、

 死んじゃった方が楽だよね。

 もう終わってもいいかな」


長い間、生きていれば、

みんな何度かこれを思う。



実は僕自身、

数年に1度は頭をよぎる。



そういうことが、

一度もない人がいたら、

僕はその人が羨ましい。



僕の人生と変わって欲しい。



でも、深く深く話を聞くと、

やっぱりそんな人はいない。



表面的に明るいだけで、

深いところでは必ずみんな、

生きることに苦しむのです。




そういう僕たちにとって、

非常に救いなことなのが、


「どうせいつか必ず、

 みんな死ぬということ」


なんだと思います。




美人もイケメンも、

金持ちも貧乏人も。


何かを成し遂げた人生も、

何もしていない人生も。


華やかで羨ましい人生も、

惨めでみっともない人生も。



死んだら全部、

チャラになるのです。



本当に全部が全部、

チャラになるのです。



そんな程度のことは、

死んでしまえば、

どうだっていいのです。





これは決して、

「死んだらいいよ」、

というのとは違います。



むしろ、その真逆です。




「どうせ、いつか死ぬ」


それは、

そんなに無理しなくていい。

そういう意味なんです。



人生の成果など、

あの世にまでは、

持って行けないのだから。



「どうせ、いつか死ぬ」


それは、

人生に立派も無様も、

関係ないってことです。



「どうせ、いつか死ぬ」


思っているほど、

自分の人生の責任なんて、

大きなものじゃないのです。




「どうせそのうち、

 死んでしまう」



ポジティブにとらえれば、

これほど平等で、

ホッとする言葉はない。




辛い自分の人生も、

突き落としたい奴も、

羨ましいあの人も。



みんな必ず死ぬし、

死んだらみんな同じ。

本当に平等です。



しかもそんなに、

遠い話じゃありません。



振り返れば人生数十年は、

あっという間なのですから。



いま、僕は37歳。

20歳を過ぎてからの17年。

本当にあっという間でした。



17年があっという間なら、

残りの人生はもっと早い。




だから、

死ぬときもきっと、


「長いようで短い。

 そんな人生やったな」


と多分、思います。




だから、

「どうせいつか必ず、

 みんな死ぬということ」



これは救いなんです。




この話をすると、


「そんなことはない!


 子供を産んで、
 
 子孫繁栄をさせれば、

 それでいいだけだ!」


なんていう人がいます。



そういう人は、

何にもわかっていない。



非常に酷な言い方だけど、

その人の子供もいつか死ぬ。

その子供の子供もいつか死ぬ。



これだけは確実な事実です。

死は未来永劫に平等です。



子供のいるなしなんて、

関係のないレベルです。



だって、もっというと、

いつか人類は滅亡するし、

地球だってなくなる。



物理学で読んだ本では、

宇宙そのものだって、

いつかは終わるらしい。




「どうせいつか必ず、

 みんな死ぬということ」



これほど、

厳然たる事実はない。



そして、

死んでしまえば、

みなすべてが平等です。



良くも悪くも、

一度チャラになる。




だから、

もっと気楽で良いのです。

もっと自由で良いのです。



たまには無責任でいい。

しんどいのであれば、

もう無理しなくていい。



結果が出なくても、

何も焦らなくていい。



どうせいつかは、

僕たちは死ぬのだから。



いつか死ぬことを意識して、

もっと楽に生きるということ。



「死体を見続ける修行には、

 そんな意味があるのでは?」

僕はそのように感じています。



好きを仕事にしようと、

どれだけがんばっても、

上手く結果が出ない。



好きを仕事にしたい。

でも、年齢やお金から、

焦りや不安がある。



そういうときは、

必ず誰にでもある。



もっと追い込まれて、

すべて投げ出したくなる。

そんなこともきっとある。



そういう時に、


「自分の生き方は、

 間違っていたのかな…。


 こんなことなら、

 早く人生が終われば、

 すっと楽になれるのに…」


そう思うこともある。



でも、決して焦って、

今すぐ死ぬ必要もない。



だって人間なんて生き物、

そんなに遠くない将来、

勝手に自然と死ぬのです。



数十年なんて、

振り返ったら一瞬です。



そして、

死んだらすべてチャラ。

死んだらみんな平等です。




だから、

無理しなくて良いんです。

楽に生きたら良いんです。



多少くらい、

無責任でも良いのです。



人生の成果なんて、

あの世までには、

持って行けないのだから。



無理なく楽に、

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今回のポイント

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■ 編集後記


急に肌寒いですね。

早く衣替えしないと。


半袖シャツの上に、

カーディガンでは、

ちょっと寒いです。